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『半身』
サラ・ウォーターズ 著、中村有希 訳、創元推理文庫 刊
1874年、9月。
ロンドンのミルバンク監獄を慰問で訪れたマーガレット・プライアは、19歳の女囚シライナ・ドーズの姿を垣間見る。目を閉じて祈る彼女の指の間には一輪の菫の花があった。
他の囚人たちとは全く違う儚げな雰囲気を持ち、不可思議なまでの静謐さに取り巻かれたシライナは霊媒だったと云う。
マーガレットはシライナに対する興味からミルバンクへ足繁く通うようになり、次第に彼女との交流を深めて行くのだが……。
暗く陰鬱な独房の中で神秘的な少女が持つ菫の花。
灰色に覆われた刑務所内でそこだけ鮮やかな色彩が現れ、マーガレットと共にシライナを垣間見ているこちらもはっとされられます。
まずはこの印象的な導入部から引き込まれてしまい、シライナとマーガレットの過去と罪とがふたりの手記を通じて読み手をじらすようにして少しずつ語られるのですが、緻密な前半はいくらかゆっくりと、物語の進行の加速度が増していく後半部は殆ど一気に読んでしまいました。
葛藤と抑圧の大きいマーガレット(ちょっと『ねじの回転』の主人公に似ているような気がします)が、次第にシライナにのめり込んで彼女の能力と魅力へ絡め取られていく様子には有無を云わさぬ語りの迫力がありました。
最後にあっと云わせる結末にも驚かされましたけれど、この物語を包んでいる鬱屈した雰囲気が魅力的だったと思います。
父親の死と自分の罪と耐え難い程の孤独を味わっているマーガレットは自らを追い込み閉じ込めて行くのですが、監獄と云う物理的な牢獄よりも、彼女が作り上げた精神的な牢獄の方が鬼気迫るものがあった様な気がしました。
そこからの脱出を望むマーガレットは果たして解放されるのか。
その答えは本書を読んで戴ければわかりますが、真の「解放」とは一体何だろうかと読後考えずにはいられませんでした。やはり心の在り方に関わってくる所が大きいのではなかろうかとかつらつらと思ってみたり。
『荊の城』でもそうでしたが、著者は作品の象徴として手のモティーフの使い方が抜群に巧いですね。特に、独房のシライナの手と交霊実験で霊が残した蝋の手形は生者と死者、美しさと不気味さとのイメージが対比させられていて印象的でした。
(2005/11/10)
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