ドロシー・L・セイヤーズ


誰の死体? 浅羽莢子 訳・創元推理文庫 刊
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建築家シップス氏の浴室で見つかった身元不明の男の死体。
彼が身につけていたものは金縁の鼻眼鏡と金鎖のみだった。これは一体誰の死体なのか、殺人の動機と方法は?
友人の警部パーカー氏、従僕のバンターと共に死体の謎に挑むピーター卿!


貴族探偵ピーター・ウィムジィ卿のシリーズ第一弾。 短編集(『ピーター卿の事件簿』) から読むべきか迷ったんですが、とりあえず1巻目から。
大金持ちの貴族の次男坊で、多趣味で美食家で頭も良くてしかも素人探偵なんて、 少女漫画に出てくるお貴族様そのものじゃんよ〜(笑)などと大変失礼な事を思っておりましたよ読むまでは。
殿方にこういう事を云うと厭がられるのは承知の上ですが、なんか可愛いんですよねぇ、ピーター卿。 被害者の事を友人に話す際に、「僕の死体」呼ばわりかい(笑)。死体に関する戯れ歌を即興で作ったりするし…。 この変な性格が大変チャーミングでした。
しかし、このような素敵なピーター卿を差し置いて、私のハートを鷲掴みにして下すった方がいらっしゃいましたよ。 それは誰かと問われたならば、お答えしましょう!(←誰も聞いてない)
ピーター卿の従僕、マーヴィン・バンター氏その人です〜。主人の身の回りの世話から(彼の淹れるコーヒーは絶品だそうだ)、 探偵助手、古書の落札までこなすあくまで有能な彼の魅力に骨抜きにされかかっていたのですが、決定的だったのは8章のラスト。 いやぁ、本気でときめきました〜。バンターになら云われてみたいわこんな台詞(←落ち着いて)。
シリーズ唯一の完全レギュラーだそうなので、全作に出演って事よね。嬉しいな!
上流階級の香りとユニークな登場人物達、ユーモアを堪能したいシリーズです。読み進めるのが楽しみ。

(2002/10/15)

雲なす証言 浅羽莢子 訳・創元推理文庫 刊
画像クリックでamazonへ 『雲なす証言』(bk1)

前回の事件の疲れを癒すべく、コルシカ島で気分転換をはかった後、パリのホテルでくつろいでいたピーター卿。
優雅な滞在を楽しもうとしていた矢先に彼の元へ届けられたのは兄であるデンヴァー公爵の逮捕の知らせ。容疑は殺人、加えて被害者は妹メアリの婚約者キャスカート大尉というとんでもない事態に、急ぎ兄の領地のリドルズデールに向かったピーター卿を待っていたのはかみ合わない証言と混沌とした事件の状況。
果たしてデンヴァー公爵の無実は証明されるのか?ピーター卿の推理は如何に!


ピーター卿シリーズ第2作。
「ミステリの女王」と呼ばれるセイヤーズ女史の作品をキャラクター読みしている私ってば物凄く失礼なのかもしれんなぁ…。だからと云ってやめる気は全くないんですけども。
バンター、貴方もしかしてたらしですか(笑)?
エレンを誑か…たらしこ…いや、篭絡した手腕を考えるにそうとしか思えないんですもの〜。少なくとも初対面の御婦人方に不審を抱かせない程度には、見目が良いのではあるまいか(贔屓目?)。実は1作目を読んだ時点ではいかつい顔を想像していたので、ちょっと意外だったのですよ。
そしてピーター卿。相変わらず可愛いったら!!バンターさえいなかったら夢中になる所でしたわ。今回一番好きな台詞はこちら。(P65より引用)

「貴族院議員の場合でも、縛り首は縛り首なんだろう? タワー・ヒルで首をはねられるとか、そんなことはないんだろう?」

…逮捕されてるのが自分の兄なのに、よくもこんな台詞が出てくるもんだ(笑)。
事件解決の為の大冒険(<ピーターの穴>での冒険が特に美味しかったぞ!)の数々も素敵だったのですが、べろんべろんに酔っぱらってろれつが廻らなくなる(でも良く喋る)のも同じ位素敵でしたわ〜。
今回はパーカー警部もいい感じでした。貴方本当にいい人だよ!バンターさえ(以下略)。彼の恋の行方も楽しみだなぁ。まぁ、既にお墨付きは貰ってるけどね(笑)。頑張れチャーリー!

(2002/10/23)

不自然な死 浅羽莢子 訳・創元推理文庫 刊
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殺人疑惑のある死に立ち会った場合、検視審問を要求すべきかどうかをソーホーの料理屋で食事をしながら議論していたピーター卿とパーカー警部。その話を聞いていた隣席の男が突然口を挟んでくる。
医者だと云うその男は、以前に癌に冒された裕福な老婦人の診療を手がけていた。病状は進行していたものの、余命は約半年あると断定した彼の診察を裏切るかのように患者は思いもかけぬ早さで突然死亡する。死因に不審を覚えた彼は解剖を主張したが、分析の結果に不審な点は見つからなかった。
この話に興味を抱いたピーター卿は、パーカー警部と共にこの事件の捜査を開始するのだが…。


ピーター卿シリーズ第3作。
今回の作品は、バンターファンの私にはちょっとばかり物足りなかったのですけれども、 その分ピーター卿とパーカー警部のコンビがいかしてました〜。今回一番笑った箇所(P247より引用)。

パーカーは、この世にわずかしかいない、几帳面で骨身を惜しまない人間のひとりだった。 ウィムジイと事件に取り組んでいる時は時間がかかって面倒、かつ退屈で魂が破壊されるような作業は全て、 パーカーがするという暗黙の了解がある。 時々、ウィムジイがそれをあまりにも当然のことと考えているのに苛立ちをおぼえることがあった。 今もそう。何しろ今日は暑い。歩道も埃っぽい。紙屑が通りを吹き飛ばされていく。バスの外座席は焼けるよう、内座席は息が詰まる。(中略) だいたいウィムジイが悪い! なぜドーソン嬢を墓で安らかに眠らせておいてやれなかったのだ?  誰に害を与えている訳でもなかった──だのにウィムジイがほじくり返すと言い張って、 パーカーが公式に関心を持たざるを得ないところまで調査を進めてしまった。(以下略)

この場面の絵面を想像すると楽しくって!憤懣やる方ないパーカー警部の姿がありありと脳裏に浮かびますよ。 たたみかけるようなトホホ感がたまりません(笑)。 事件としては結構後味が悪いんですが、謎の提示の仕方は興味深かったかな。

(2002/10/28)

ベローナ・クラブの不愉快な事件 浅羽莢子 訳・創元推理文庫 刊
画像クリックでamazonへ 『ベローナ・クラブの不愉快な事件』(bk1)

休戦記念日の晩、ベローナ・クラブを訪れていたピーター卿は、古参会員のフェンティマン将軍が椅子の上で死んでいる場に遭遇する。将軍は資産家の妹と共にある遺言を残していた。
妹のレディ・ドーマーが先に亡くなった場合、彼女の遺産の殆どが将軍に渡り、逆の場合は、遺産はレディ・ドーマーの被後見人、アン・ドーランドに渡る手筈だったのだが、同日の午前10時37分にレディ・ドーマーも死亡。
どちらの死亡が先かによって、莫大な遺産の行方は決まる。
弁護士から手助けを求められたピーター卿は将軍の死亡時刻を調査する事になり…。


ピーター卿シリーズ第4作。
今回の作品で何が良かったかと問われたならば、ピーター卿のバンターに対するお惚気が聞けることですよ。
恵まれているとは云い難い生活を送っている友人宅に聞き込みにいったピーター卿、友人の当てこすりめいた台詞に答えて曰く、(以下 P85〜86より引用)

「僕は運が良くて」とウィムジイは、金がありすぎると非難された人間が用いざるをえなくなる、あの言い訳がましい口調になった。
「稀に見るほど忠実で頭のいい従僕がいて、母親の様に面倒をみてくれているんです」
(中略)
「バンターなら、何があってもこちらを見捨てない気がする。大戦の途中から僕の直属の下士官になって、かなり苦しいところを一緒に切り抜けたもので、何もかも終ったあと、探し出して雇ったんだ。もちろん、それ以前も奉公はしていたんだが、前の主人が戦死して家族の人もばらばらになっていたから、喜んでついてきてくれた。今ではバンターがいなかったらどうすればいいかわからない(略)

主人にここまで云わせる従僕って!(笑)
そんな忠実で有能なバンター氏は写真の腕前も素晴らしく、犯罪捜査においても彼の技術が重要な役割を果たしているのですが、現像で暗室にこもりきりになると御前のお世話まで手が廻らないんですね。そこで御前は暗室につけた内線電話で、やれ正装用のボタンはどこだとか、やれ煙草入れはどこに置いたかだとかをバンターに聞くのですけれど、電話だけでは済まない事ってのもたまにはある訳です。
例えばネクタイを結んでいてこんがらがってしまった時。
そんな時ピーター卿はどうするか。現像の区切りがつくまで待っているんですよ…こんがらがったネクタイをぶら下げたまま(笑)。
「…自分の家にいながら、まるで奴隷ですよ──本当のところ」なんて云ってますが、お惚気そのものですってば。その証拠に話を聞いていた友人の奥方のコメントが、「大事にされている幸せな奴隷に見えますわ。」ですもの。
バンターの事は置いておいて、内容についてもう少し。
章タイトルがカードゲームになぞらえられていて洒落ているのですよ。片付いたと思った謎がまた顔を覗かせたり、疑惑が晴れたかと思った人物がまた怪しく感じられたりと勝負の先が読めないところもまた楽し(これはいつもか…)。
それから、登場する女性達が良いですね。シーラ夫人やマージョリィ嬢など逞しい女性達の魅力が描かれています。
セイヤーズの描く女性達って、とても70年以上前に書かれたとは思えないなぁ。

(2002/12/25)

毒を食らわば 浅羽莢子 訳・創元推理文庫 刊
画像クリックでamazonへ 『毒を食らわば』(bk1)

探偵小説家ハリエット・ヴェインは、同棲していた恋人のフィリップ・ボーイズから結婚を申し出られた事に激昂し関係を解消するが、彼女との最後の会見直後にボーイズは死亡。解剖の結果、死因は砒素中毒と判明。
折悪しく偽名で砒素を購入していたハリエットに殺害の嫌疑がかけられる。
彼女の裁判を傍聴していたピーター卿は、ハリエットの嫌疑を晴らすべく果敢な捜査に乗り出すのだが…。


ピーター卿シリーズ第5作。
シリーズの転換点たる第5作では、ピーター卿の“運命の女性”が登場。
4作目までの余裕っぷりは何処へやら、恋に落ちたピーター卿の奮闘振りは涙ぐましいものがあります。
読者によって評価が別れるのは無理ないなぁと思いつつも、女性の評価は高そうですよねぇ。レディ・メアリの台詞じゃありませんが、「やさしいおばかさん」ですよ、本当に!
クリンプスン嬢の体を張った大活躍(笑)も勿論素晴らしかったのですが、バンターファンの私としましては第6章が見所。今回の名台詞(?)はこちら(P106より引用)。

「…こう申しては何でございますが、成熟した年齢と女王のごとき体形の女性のほうがしばしば、浮ついていて思慮の浅い美女よりも、繊細な心遣いにほだされ易いものでございます」

おおう、凄い自信だ。私も繊細な心遣いとやらにほだされたいわ〜。
しかし、バンターってばストライクゾーン広すぎじゃございませんこと?
このほかにはP108〜109のやりとりが大好きで何度も読み返しておりましたよ。個人的に文庫本1000ページにわたって御前とバンターのボケツッコミだけでもOKなんですが、物語としてそれはどうなのさ(笑)。
ずっと気になっていたパーカー警部(気が長いよねこの人も)のロマンスの行方が定まったり、まとまるべき所がさくさくとまとまっていくこの作品、シリーズ物の醍醐味を味わわせてくれるポジションにありますね。
さてさて、これから物語はどんな方向に進んでいくのやら。

(2003/01/14)

五匹の赤い鰊 浅羽莢子 訳・創元推理文庫 刊
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釣人と画家で賑わうスコットランドの田舎町で嫌われ者の画家の死体が発見された。
画業に没頭するあまり崖から転落したと思われたが、この町に滞在中のピーター卿はこれが事故を装った殺人事件であると見抜く。殺人現場に残されていた描きかけの絵は犯人の筆によるもの。よって犯人が画家であることは間違いない。
容疑者は6人、果たして真犯人は?


ピーター卿シリーズ6作目。
今回はハリエット嬢とのロマンス進行はちょっとお休みですが、謎解きの楽しみを充分に堪能できるつくりの作品になってますんで、 ミステリ好きにはたまらんでしょうね〜。「読者への挑戦」的な記述もあってエラリイ・クイーンっぽいですし。

タイトルが「五匹の赤い鰊」ってんで、釣りの話かしらと思っていたのですが(単純過ぎ)、red herring とは英語の成句表現で「人の注意を他にそらすもの・人を惑わすような情報」の意味があるんですね。狐狩りの猟犬に他の匂いと嗅ぎわける訓練をさせる際、 燻製鰊を使った事からこの表現が生まれたそうな(ええ、辞書をひきましたとも)。
作中では「赤い鰊」と書いて「にせのてがかり」ってなルビが振ってあります。意味深で良いなぁ!
ピーター卿シリーズのタイトルはいつも洒落てるなと思ってましたが、今回も素敵です。
あと、特筆すべきは6人の容疑者に対する6人の探偵役の推理合戦でしょうか。これは今迄にない趣向だったので純粋に面白かった〜。
勿論、「名探偵、皆を集めてさてと云い」の役割はピーター卿が持って行きますけどね(笑)。

(2003/03/04)

死体をどうぞ 浅羽莢子 訳・創元推理文庫 刊
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ピーター卿シリーズ第7作。
徒歩旅行を楽しんでいた探偵小説家ハリエット・ヴェインは、波打ち際に立つ大きな岩の上で男の死体を発見する。喉を掻き切られた死体の傍には剃刀が一振り。
人気のない砂浜に残っているのは当人のものとおぼしき足跡だけだった。
自殺としか思えない状況だが、他殺だとすれば一体どのような方法がとられたのか?
やがて死体は満ち潮に運ばれて海へ消え、困難な捜査が始まる事になり…。


今回の舞台はイングランド南西部。
愛する女性が事件に巻き込まれたと知って、はるばるロンドンから駆けつけたピーター卿なのですが、(以下P66より引用)

「いったいどうして」ハリエットは質した。「あなたがここに?」
「車で」ピーター卿は簡潔に答えた。「死体は見つかったかね?」
「死体のこと、誰に聞いたの?」
「遠くから嗅ぎつけたのさ。死体のあるところ、鷲は集うものでね。ベーコンエッグをご一緒してもいいかね?」
「どうぞどうぞ。どこから来たの?」
「ロンドンからだ──つれあいの呼び声を聞いた鳥のように」
「私は別に──」ハリエットは言いかけた。
「あなたのことじゃない。死体のことだよ。とはいえ、つれあいの話が出たついでに訊くが、結婚してくれないか?」
「とんでもない」

と、つれないお答えのハリエット(笑)。
こんな調子でじゃれあいの様なやりとりが続くのかと思えばシリアスな諍い(13章参照)が展開されたりして、ロマンスの進行はかなりもどかしいのですが、事件の真相も混迷気味。死体が行方不明になったり、ピーター卿の推理が何度も行き詰ってしまったり。
そうかと思うと幕切れは以外にあっさりしていて、やはりセイヤーズ女史は喰えない作家だとの印象を新たに致しましたよ(笑)。
人物描写にシニカルな所がある為か、結末はちょっと苦めかも…。

(2003/03/19)


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