中井英夫


●薔薇幻視
画像クリックでamazonへ 『薔薇幻視』(bk1)
創元推理文庫 刊    

独自の美意識を持つ文章で綴られる薔薇への戀文。
著者自らが、実用書に対する“虚用書”と銘打つだけあって、ここで語られるのは中井氏の眼を通して見た薔薇です。
美しく謎めいて人を惹き付けずにはおかないけれど、その花の棘には強烈な毒がある。 それがわかっていてもなお触れてみたいと思わずにはいられない。
ここで語られるのは太陽の下で咲き誇る色とりどりの鮮やかな薔薇ではなく、 月光のもとで密やかに咲く蒼ざめた薔薇なのではないでしょうか。

 薔薇はなお地表に美しいけれども、その暗い根の思考は、あるいは人間の思いも及ばぬ凶悪さを秘めているかも知れない。 かつて満開の桜の樹の下に屍体が埋められていたように、 透視の能力さえあれば薔薇の樹の下にもみごとな魑魅魍魎のうごめいていることが知られるだろう。 それなればこそ薔薇はこれほど美しいのだから。
(同書 P58より引用)

通常の薔薇好きにはおススメできないかもしれませんが、 この花の妖しさを愛する向きには必携の書。中井氏の幻想薔薇園を訪れてその美しさに耽溺してみて下さい。 佐藤明氏の写真がこれまた絶品。

同時収録の「香りへの旅」も趣を同じくした“虚用書”。
香水で香合わせの試みをするなんて、粋人の考える事は凡人には思いもつきません。 「夜間飛行」や「シャネルNO.5」に添えられた歌(P210)の美しさには溜息。

ところで。 この本(発表されたのが昭和50年)の中では幻と云われている青い薔薇。研究が進んだ為、 ようやく紫系統ではない薔薇「ブルーヘブン」が作られたそうです。 今は天上の人となった中井氏もこの花を愛でているのでしょうか。
しかし、中井氏が夢見たような青薔薇が生まれるのはまだ先の事のようですね。

(2003/05/31)


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